「マスター・ビルダー」の栄光と没落

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 第二次大戦後、ニューヨーク市内における都市計画を巡って、そこに住む住民の立場から、都市を生態系のようなものと捉え、住民が主導権を持って開発を進めることを主張したジェイン・ジェイコブズと、都市計画を策定する高級官僚の立場から、都市をある種の機械のようなものと捉え、行政当局が主導権を持って、能率的に、大規模に開発を進めることを主張したロバート・モーゼス、両者の長年に渡る対決を扱った本。都市計画という分野では、現在では前者の立場が主流となっており、この本にも、主にジェイコブズの側から、彼女たちが行政を相手取り、時にしたたかに渡り合ったことが描かれている。それは確かに面白いし、学ぶべきところも多いのだが、この文章を書くために読み直して感じたのは、モーゼスもまた、ある種の魅力ある人物として描写されていることだ。
 上流階級の白人層に属しながらも、頑固で上昇志向が強く、自らの能力を頼みとして働きはじめたこと、行政のあり方を合理的にすること目指して、改革派の政治家に取り立てられながらも、選挙で政治家が入れ替わるたびに失業するようなことを繰り返すうちに、次第に権力に執着するようになっていったこと、大恐慌の前後から、ニューヨーク周辺の公園・道路整備に手を伸ばし、当時まだ富裕層のものだった郊外の土地に、市民の支持を頼みとして、大規模な公園とそこへアクセスする道路を整備していったこと、計画の隅々にまで目を配り、公園のシステムを一つの統一された作品のように仕上げていったこと、長年に渡る計画が、知事や市長の代替わりによって簡単に変更されることのないよう、法律を駆使して、自らの地位が簡単には揺るがないような仕組みを作り上げたこと、言動は時に攻撃的であり、敵と見れば容赦はなく、気まぐれな一方で、友人とみた人物への恩義は忘れず、手厚く遇したこと、などなど、少なくともその前半生を見る限り、彼の姿は偏狭でありながらも、時に、慈悲深い帝王のようにも見える。
 もちろん、彼のこうした性格には欠点もあったし、歳を経るに従って変化していった。例えば、公園内におむつ交換用の棚板を設置するよう提案するといった、細部に至るこだわりは、後年になると失われ、この時期に造られた高速道路や高層住宅は、車をより多く通せること、住民をより多く住まわせることなど、数字で表されるような性能のみを重視するようになっていったという。また、対立相手に容赦しない性格は、特に住民グループと対立した時には、その対立をより一層激しくし、計画の存続を危うくしていったように思われる。本書のクライマックスとなっている、「ローワーマンハッタン・エクスプレスウェイ」(マンハッタン島の南端付近を横切る高速道路計画)を巡る対立においては、当初の、ルート上の建物を大規模に取り壊して、高架道路を作る案に固執して、高速道路を半地下に潜らせ、その上に新しく住宅を建てるという提案については、コストを理由に即座に否定している(この案については、ジェイコブズの側もやはり否定しているので、彼の性格だけが問題というわけではないが)。最終的にこの計画は中止となり、長期的な計画からも削除されることになったが、他の都市を見ると、例えばボストンにおいては、「ビッグ・ディグ」と呼ばれる、市の中心部を通過する高速道路を地下に潜らせる計画が、多くの年月と費用をかけながらも、曲がりなりにも完成していることを考えれば、この提案も、それなりに実現の可能性はあったのではないだろうか。
 現在の視点から見るなら、彼の没落は、彼の仕事のやり方そのものがそもそもの原因となったとも言える。猛烈に働き、細部に至るまで目を配る仕事スタイルは、体力のあるうちはともかく、老人となっても維持可能なものではなかったろうし、扱うプロジェクトが大規模になり、さらに、住民の要求が複雑化していくに従って、次第に破綻していっただろう。また、法律を自分に都合のよいものに変え、政治家の(間接的には市民の)信任を得ずして地位を確保し続けたことは、例え彼自身が財産よりも計画の遂行それ自体を追い求めていたのだとしても、市民の疑いを招かずにはおかなかった。さらに、都市を再開発するにあたって、大規模な高層住宅と高速道路に頼る自身の案に固執し、より歩行者の視点にたち、それぞれの建物の歴史的価値を重視するという新たな潮流に乗り遅れたことが、その没落を決定的な物にした。
 にもかかわらず、この本の最後の章では、大都市には堅固で大規模なインフラストラクチャーが必要でありながら、彼以降そうしたプロジェクトは行われなくなってしまった、また、新しい高層住宅の建築ではなく今ある住宅の保全が重視された結果、歴史的価値は保たれたものの、そうした住宅の価値が上がった結果としてより富裕な住民だけが住めるようになり、それまで住んでいた普通の市民が出ていくことになってしまったことも、指摘されている。こうした評価を見ると、やはり彼もまた、統一的な計画への情熱とそれを遂行する意思という、都市計画を実現するために必要な資質の持ち主だったのだと、思わずにはいられない。

ジェイコブズ対モーゼス: ニューヨーク都市計画をめぐる闘い

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